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塾ブログ 林間教育通信

2017/05/25

東大・早稲田・慶應 一流大学の英語を読みきる力

何度も書きますが英語の勉強も順調に進んでいくと、最終的には英文を読んでいくという勉強を重ねていきます。親御様の多くも経験していることのはずですが、自分が中高生時代にどんな内容の話を英文で読んでいたかなんて、記憶にある方の方が珍しいのではないでしょうか。それはなぜか?恐らくですが、多くの人がやっつけ仕事でしか英文を読んでいない、内容を吟味したり自分の身に置き換えたりしながら、立体的にその英文を立ち上げて読むということをしていなかったからだろうと想像しています。

 

実は、過去の上智大学の英語の試験問題に、英語教科書プログレスに掲載されている英文=話題がそのまま出ていたことがあります。「え??まんまじゃん!」と私は驚いたのですが、プログレスでその話を確実に読んでいたはずの私の教え子は、その話を全く覚えていなかったという事実があります(笑)。まあ、多くの人がそういうものなのかな、と思っています。文章=言葉が表現している‟世界”に興味がないということなんでしょうね。

 

例えば私自身は生徒の皆さんと英文を読み進めている時、苦行の時もあるのですが(笑)、実は結構楽しいなと思う面ももちろんあるのです。それは、英語を通して様々なストーリーや世界観、思想に触れることが出来るからです。つまり、何を読んでも何度同じ話を読んでも、「読むこと自体が楽しい」のです。生徒の皆さんも私どものような塾に通いながら、こういう境地になれたらもう、鬼に金棒!なんですけどね…。

 

手前味噌でお恥ずかしいですが、私が今でも文章を読むことを楽しめているのは、中学時代の読書活動に大きな原点があるような気がします。そんな経験を今日は書いてみようと思います。

 

私が本を自分で読むようになったのは、小学校入学の頃からだったと記憶しています。恐らく担任の先生に図書室に連れていかれ、「みなさ~ん、しっかり本を借りて読みましょうー」なーんて言われたことが始まりだったのだろうと思いますが、かといって何を読んでよいのかわからず、伝記シリーズをしばらく読み進めていたように記憶しています。特に『野口英世』という人の生涯は、小さな私にとってとてもインパクトのあるものでした。なんか、頑張って生きなきゃいけない、と子ども心に思った記憶があります。その後、『世界名作シリーズ』みたいなのを続けて読んでいたように思います、定番ですけど、ビクトル・ユーゴーの『ああ無情』とか、ね。

 

一方、家の本棚にある大人が読む本の背表紙をいつも無意識に目にしていたところから、ある日『自伝 田中角栄』という題名に興味を惹かれ読んだ記憶もあります。当時、ニュースを漠然と見ていてなんとなく子ども心にも、「田中角栄はワルイ人」というイメージを持っていたのですが、その本を読むと田中角栄という人が非常にヨイ人に描かれていて「え?どういうこと??」と戸惑ったことを今でもはっきりと覚えています。「自伝」ということの意味を知らなかったり、物事や人を判断する目がとても直線的で単純なおバカさんだったんですね(笑)

 

中学に入った時に、新任の国語の先生(女性)が、クラスの全員に日記を書くという課題を出され、文章を書くことが比較的好きだった私は、クラスの誰よりも熱心にほとんど毎日日記を書いて先生に提出していました。毎日やり取りをする中で、先生がいろいろな本を勧めてくださり、勧められるままにどんどん読んでいきました。

 

なかでも、太宰治の世界観には幸か不幸かボッチャーンと浸かってしまいました。『グッドバイ』『人間失格』『晩年』『斜陽』etc…新潮文庫でほとんどの作品を買い集めて読み漁りましたが、なんだか生きていくのがかったるいような、退廃的な感じになっていく自分を感じながら、一方でそういう自分を楽しんでいる、おませな中学生でした。それから、夏目漱石、三島由紀夫、水上勉、中原中也、etc…。三島由紀夫は当時あんまりよくわからなかったような記憶もありますが、とにかく三島由紀夫のあの格調高い文体の世界に浸るだけでとても満たされました。あとは、倉田百三の『親鸞』『出家とその弟子』なんかも読んだなあ。あ、そうそう、中勘助の『銀の匙』とか。

 

海外もので読んで今でも強く印象に残っているのは、ジュール・ルナールの『にんじん』、ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』。

 

当時読んでいた文庫本の多くが古ぼけた姿で今でも私の書棚に鎮座しています。

 

残念ながら、当時学校の図書室に例の先生が入れてくださった本で、今手元にはないのですが、私の記憶にはっきりと刻まれている本が2冊あります。

 

1冊目は、岡真史著『ぼくは12歳』。これは、中学1年生の夏休み直前に自ら命を絶った少年、岡真史君が残した詩や手記をご両親がまとめた本です。手元に本はなくても私の心にしっかりと刻まれている言葉(詩)があります。それは確か、「ぼくは死なない」というタイトルの詩だったような気がするのですが、

 

ぼくは 死なない

ぼくは ぜったいに死なない

なぜなら ぼくは ぼく自身だから

 

という一遍です。この言葉を残して彼は大空に飛び立った。この詩の意味。一体どういう心境で書いたのだろうか、どういう意味なのだろうか、いまだにわかりません。これから僕は大空に舞うけれど、肉体は死んでもぼく自身が本当に死ぬことはないのだ、という意味なんだろうか、それとも、物理的に、本当に「僕は死なない」という意志の表明だったんだろうか?仮に意志の表明であるとするならば、今にも闇の中に吸い込まれてしまいそうな自分を感じながら必死でそれに抵抗している言葉なのか、それとも、もっとシンプルに、本当に、自分は絶対に死なない、頑張るんだ、生きてゆくんだ!という前向きな意志表明だったんだろうか?

 

もう一冊は、この岡真史君の御父上である高史明(コ・サミョン)氏が書かれた『生きることの意味』という本―在日朝鮮人として生まれた作者の自叙伝―です。

確か本の最後にあった言葉だと記憶しているのですが、

 

「私の生きることの意味の探究は人の優しさを探究することであった。」

 

といったような一節。この短い一節を読んだ瞬間に、たまらなく哀しくて淋しい気持ちになったことをよく覚えています。この短い一文に、著者の過酷な日々と淋しさ、辛さが凝縮しているような気がしました。絶望せず、必死にもがきながら生きた人の、真実の言葉だということがわかります。いまも、ものすごく突き刺さっています。

 

おっと、話がウェットになってきましたね。皆さんが好みそうな現実的な話に戻しましょう(笑)。中学生の頃から、日常的に純文学を中心に読んでいた私にとって現代国語の‟勉強”というのは中高を通してほとんど不要でした。この言葉の意味することはどういうことだろう?とか、なんでこの人はこんなことを言うのだろう?と毎日のようにいろいろと考えながら読んでいるわけですから、試験でどんな文章が出てきても、精神的に全く動じることはなかったような記憶があります。国語を‟勉強する”、ということに強い違和感を感じてもいました。

 

もちろん、そうなることを目的として本を読んでいたわけではなく、結果としてそうなっていた、というところがポイントかなと思います。また、本をよく読んでいるからといってそれが必ずしも国語の成績に直結するとは限らないという現実も、人によってはあるようです。ただ、英語を教える立場から言えば、やはり(エンタメ小説やラノベではない)読書を楽しめるくらいの人でないと、一流大学の膨大な量の英語を読みきるのはなかなかきついだろう、ということは言えます。

 

 

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2017/05/03

なぜペラペラ話せないのか?

先日私どものブログで、新聞に出ていた「プレジデント」という雑誌の広告文句「中学英語でペラペラ話す」についての話題を書きました。

 

 

確かに、「中学英語で簡単な英会話ならできる、海外旅行に行っても困らない程度の英語力なら中学英語で充分可能だ」と私どもは書きました。また、一流大学を卒業した一流企業のサラリーマンでも実は大した英語力はないのだ、ということも書きました。

 

 

実際、私たちの知り合いにもメーカーや商社にお勤めの方で、海外との取引を頻繁になさっている方々がいらっしゃいますが、英語には苦労なさっているようです。ある人は、TOEICの点数は800点を超えているのに、海外取引先とのテレビ会議では貝になっているとか、また別のある人は、商品の説明を英語でしなければならず、書けばそれなりに書けるけど、口頭で説明するとなるとなかなか英語が口から出てこない、といった悩みをかかえていらっしゃいます。

 

 

中学英語をしっかりとマスターしさえすれば簡単な英会話くらいできるのであれば、どうして一流大学を出た人々ですらこんなに英語で苦労しているのでしょうか?

 

 

一つには、以前のブログにも書きましたように、日本人全体の英語のレベルが低いので、ある程度高い潜在力(日本語能力や国語力、あるいは数学力)のある人なら1-3年集中して勉強すれば有名・一流大学に合格できてしまうという現状があります。

 

 

もちろんレベルの低さだけの問題ではありません。英語学習の方法や環境にも問題があるのです。受験英語をいくらやっても英語が話せるわけではないという俗説があります。半ば正しいですが、半ば間違っています。というのも、従来の集団式授業―学校や予備校の授業―では、確かにいくら受験で合格する力はついても、英語を発話する力はつかないからです。何しろ、大方の時間は黙って説明を聞くか考える、あるいは黙ってノートに何かを書いているだけなのですから。しかし、たとえ受験英語(大学入試のための英語)を学ぶにしても、私どもシリウス英語個別指導塾式に学ぶならば、英語を話す土台が確実に完成するらです。 

 

 

 

ところで、皆さんは次のような俗説を聞いたことがありませんか。

 

*日本人は読み書きは得意だが、話したり聞いたりするのは苦手だ。

*日本人は文法ばかり勉強しているから、英語を話せるようにならないのだ。

*日本人は、いちいち頭の中で英作文をしているから、なかなか英語が口から出てこないのだ。

 

これらの俗説は、全て完全なる大間違いです。こういう俗説を信じていては、いつまでたっても英語を話せる人にはなれません。むしろ、この俗説の正反対のやり方を選択しなくてはならない。

 

 

 

まず、日本人は読み書きが得意だというのは、いったいどこから生まれた考えなんでしょうね。だって、ほとんどの日本人は、英語をほとんど全く書けないのですから。大学入試でも、ほとんどの大学では、本格的な英作文の試験は課されていないのです。また、たしかに慶應大学(経済学部)や東京外国語大学では、簡単な英作文というか英語ライティングの試験がありますが、英作文が0点で合格した人も少なくないと聞きます。つまり、日本人は英語をまともに書けないというのが現状なのです。

 

 

では、もし仮に英作文が得意であったら、どうでしょうか。まだまだ世間ではあまり認知されていませんが、実は、英語をすらすら書ける人は、英語を話せる人、あるいはもう少しでぺらぺら話せる人なのです話せる人は書ける人、書ける人は話せる人なんですね。初・中級段階では、「話す」と「書く」も、ほとんど区別できない能力なのです。つまり、日本人が英語を話せないのは、英語を書けないということでもあるのです。

 

 

ではどうやったら英語を書けるようになるのでしょうか? 先ほど挙げた、英文法ばかり勉強するから英語を話せる(書ける)ようにならない?んなバカな、むしろ、英文法を大いに駆使しなければならないのです。和文を英語に訳す訓練も欠かせませんね。日本人が英語を話したり書いたりするようになるためには、まずは文法学習と和文英訳をしっかりとマスターすることです

 

 

しかし、なんとなく納得いかないなと感じる方もいることでしょう。というのは、英語を書くことはなんとか出来るけれど、話すのは苦手だという人が沢山いるからです。そう、実はそこがポイントなのです。

 

 

英語を書けるが話せないという人は、どんな人でしょうか。実は、英語を書けるといっても、とてつもなく書くのが遅い人なのです。簡単な一文を書くのにも、しばらく考えたり、辞書を引き引きしたりして、恐ろしく時間をかけなければならないのです。

 

 

分かりますか? 英語を書くのが「遅い」とか「時間がかかる」というのは、英会話的に「話す観点」からすると、致命的なことなのです。一言を発するのに、辞書を引き引き5分かかるとしたら、会話的コミュニケーションは到底成り立ちません。大甘の英検の面接試験だって不合格です(笑)。つまり、すらすら書かないと、いや、瞬時に英文を完成できるようでないと、実用的に英語を話せるようにはならないのです。のろのろと和文英訳をしたり英作文をするのでは、意味がない。ぱっぱっと和文英訳しなくてはいけないのです

 

 

ポイントを繰り返します。英語を話す土台作りのためには、文法を理論的に納得できるように学び、英作文に秀でるようにする。しかも、瞬時に和文英訳して英作文できるようにする。それだけで良いのです。それが英語を話すための最初のステップなのです。

 

 

しかし、問題はココにあります。瞬時に、文法的に、和文英訳する訓練を実施している、中高生のための学習環境が、当塾(シリウス英語個別指導塾)などを除けば、ほとんど整っていないということです。だから、すらすら英語を書くことができないのはもちろんのこと、ぱっぱっと英語を発することはさらに難しいことになるわけです。

 

 

 

瞬時に英作文できるようにするためには、中学英語の基礎固めをじっくり時間をかけて念入りに実施しなくてはなりません。なぜかというと、いきなり複雑な英文を作ることはできないからです。モノには順番があって、例えば、副詞(1単語)を使えるからこそ、副詞句(2単語以上からなる意味のカタマリ)や副詞節(主語+動詞からなる意味のカタマリ)を使えるようになるからです。ここの部分、本当の基礎重視というのが、普通の塾や学校ではできないことなのです。

 

 

 

もちろん、集団式でも、文法力や和文英訳力をある程度鍛えることは出来るかもしれません。しかし、瞬発力を養うことは出来ない。のろのろと英文を書くことはできるかもしれませんが、瞬時に発話できるようにはならない。そういう訓練が出来るのは、(僭越な言い方ではありますが)私どものような、経験と実績を伴う指導力のあるプロ講師による正真正銘の個別指導だけです。我々が、(儲からないにも関わらず)先生1人:生徒2人の個別指導を放棄して、先生1人:生徒1人の完全個別指導にこだわるようになったのは、上記のような理由からなのです。

 

 

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2017/04/10

国語力が英語の伸びしろを左右する!

前回、東大合格レベルの英語力で良いならば、集中して3〜4年程度.慶應の経済学部ならば2〜3年程度で間に合いますよ、みたいなことを書きました。こういう文章を読むと、他の人よりも早期に、たとえば小学校低学年くらいから英語の勉強を始めれば、ウチの子でも東大や慶應に手が届くのではないか、と思われる方も出てくるかもしれません。しかし、もちろんそれほど甘いものではありません。

マジメにコツコツと勉強する姿勢は、語学学習には確かに有益です。しかし、時間をかければ着実に英語力が伸び、誰でも一流大学に合格できる英語力がつく、というわけではないのです。というのは、どこかで壁にぶつかり、足踏み状態が続き、ついには挫折してしまうのが、むしろ普通だからです。

 

さて、皆さんが一番知りたいと思うのは、東大、一橋大学、慶應大学などのような一流大学に合格するためには、どのような障壁があるか、そしてどのような対策を立てたら良いのかだと思います。今回は、とくに国立の文系難関大学や慶應(文系)を念頭に置きながら書いてみます。

 

端的に言って、英語力の伸びを左右するのは、やはり国語力です。国語力がないのに、英語だけを勉強しても、入試に出てくるような難解な英文を読めて(聴けて)解ける(書ける)ようにはならないのです。英語を先走って勉強しても、国語ができないようでは、停滞して伸び悩むはずです。当たり前のことですが、日本語で読めない文章は英語で読めるはずがないのです。

 

さて国語力は、普通、言語の「形式技術」の側面(=言語力)と「内容」の側面(=背景知識、語彙、思想や倫理)の二つから成り立っています。国語力の「形式技術」側面と「内容」側面というのは、教科書「で」教えるのか、それとも、教科書「を」教えるのかという議論にも対応しています。この二つのどちらを重視すべきかということで時には議論にもなったりします。結論的に言えば、受験英語力の向上のためには、国語の「形式」「内容」の両側面について、しっかりと学ぶ必要があります。どちらか一方という訳ではありません。教科書「で」学び、かつ、教科書「を」学ぶ必要があるというわけです。

 

国語の「形式」を重視しているもので代表的な参考書には、たとえば、出口汪の『論理エンジン』のシリーズがあげられるでしょう。出口のいう「論理」は、言語の「形式」にほぼ対応しています。当塾でも、国語の「形式」面でやや弱い中学生に対しては、このシリーズを薦める場合があります。(当塾では、大学受験英語について、とくに出口の参考書を推奨している訳ではありません)。

 

他方、「内容」重視の国語の参考書といえば、とくに「語彙」の本をあげることができます。代表的な参考書としては、以前、旧ブログでいくつかレビューしましたが、『ことばは力だ!』『読解を深める現代文単語』『現代文キーワード読解』等々。

 

誤解なきように付け加えますが、語彙を増やすというのは、漢字やことわざの知識を増やすといった、丸暗記的に対応できる作業ではなく、むしろ、現代を論じるための様々なテーマに通ずるようになるということを意味します。たとえば、「脱グローバル化」「世俗化」「原理主義」「移民排斥」「ポピュリズム」「識字率」「還元主義と全体主義」といった概念に親しむということです。こういった言葉は、現代日本語や現代英語を読むときに、しばしば求められているのです。

 

 

さて、「形式」の学習については、よい参考書だとか予備校等におられる優秀な教師に任せるとして、「内容」については、語彙強化本のみに頼るのは少々心許ない。したがって、シリウス英語個別指導塾は、英語塾ではありますが、通塾されている生徒さんには、日本語の『朝日中高生新聞』や『読売中高生新聞』の購読から始めることを強く薦めています。「内容」面を強化するには、日頃から新聞や新書本を読むのが、最強かつ最善の対策だからです。もちろん、現代英文の読解に非常に役立ちますし、受験対策に効果的でもあります。

 

 

なお、「内容」といっても、大学や学部によって求めるものは異なります。とくに一部の私大の場合、専攻する学問分野について、ある程度の知識が求められることが多いようです。たとえば、慶應大学の場合、社会科学系学部(経済学部、商学部など)であれば社会科学的な知識、文学部であれば人文科学や哲学的な素養が求められています。とはいっても、Wall Street JournalNew York Timesなどの英字新聞を読む必要は全くありません。知的好奇心がある高校生として、自分が将来的に専攻したいと思う分野について、日本語の新聞・雑誌・新書に目を通したり、日本語のテレビの特集番組を見たりする程度と考えてもらって結構です。

 

こんなことばかり言っても分かりにくいので、新聞ならばどのような記事を読めば良いのか、具体例を示しておきましょう。今回は、読売新聞の文化欄の例をとりあげます。(読売新聞は文化欄があまり多くないので、当塾としてはあまり推奨していません。しかし、読売にも文化欄はもちろん存在します)。

 

2017年の3月27日付の読売新聞には「思潮」という特集がありました。最近話題になった日本や英米の論文や記事を、分かり易く簡潔にまとめた紙面です。読売新聞に電話で問い合わせしたところ、一ヶ月に一回ほど朝刊に掲載されているようです。

 

読売新聞 思潮_3 読売新聞 思潮_4 読売新聞 思潮_2

 

「思潮」で取り上げられていた雑誌は、日本語の雑誌からは『Voice』『世界』『中央公論』『潮』などの著名な月刊誌です。英語の新聞雑誌等からはWashington Post, Foreign Policy, Reuter, Financial Times, Politicoなど、有名新聞、雑誌、通信社の記事です。

 

 

写真をアップしておきますから、宜しければちょっと読んでみてください。将来、政治学(東大や慶応でいえば法学部、一橋大学には政治学はありませんが全学部)あるいは社会学や教育学(東大でいえば文学部や教育学部、一橋大学ならば社会学部、慶応ならば文学部)などの社会科学を専攻したい高校生にとっては、興味深い文章だったと思います。非常に平易な言葉で、誰でも分かり易いように書かれているのがわかりますね。

 

 

2017年の4月9日付の文化欄で「空想書店」というのがあり、文学や歴史、あるいは人類学や世界の諸文化に興味がある人には大変興味深い小説などの紹介がありました。これも写真をアップしておきますね。
空想書店

 

 

 

ちょっと前の本になりますが『テヘランでロリータを読む』なんて本にも言及があります。余談ですが、先日、新百合ヶ丘のブックオフで、『アフガニスタンの本屋から』という英語の本をみつけたばかりなので、私はなにかいい巡り合わせを感じたのでした。

 

もっとも多くの人にとっては、この記事はやや文学や小説に偏りすぎとお感じになったかもしれませんね。しかし、知らない世界を広く深く認識する通路の一つとして、海外の(あるいは日本の)小説を読むという方法論があるんのだよと強調しておきたいのです。小説とは読んで楽しむ娯楽というだけではなく、世界と己を知るツールにもなるものなのです。

 

 

 

最後にまとめて繰り返しておきます。一流大学に合格するためには、現代の英文を読めねばなりませんが、そのためには、国語力(日本語力)を鍛えて、日本語の読書力をつける必要があるのです。英語のお勉強だけではダメですから、その点どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

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2017/04/04

英検3級ー見事な成績

 

今回は、2016年度第三回英検3級を受検して素晴らしい成績を収めてくださった当塾の中学2年生の生徒をご紹介します。まずは、成績表をご覧ください。

 

英検3級1次 2017年1月名前けし 完成

 

 

 

 

1次試験の解答状況をよく見てみると、筆記試験はなんと全問正解です。リスニング問題で3問落としてしまったみたいですね。パーフェクトまであと一歩というところでしたが、わずか2年足らずで、ここまでしっかりと点がとれるなんてよく頑張りましたね!(塾では過去問対策もほとんどしていません。実力で勝負したというわけで、カッコいいですね!)

 

 

 


英検3級2次 2017年2月名けし

 

 

2次試験もかなりよい成績です。Q&Aで2点減点、アティチュードで1点減点のみです。スコアで見ると既に英検準2級レベルに達しています。

 

 

当塾では常にオーラル(口頭)演習中心に授業を行っていますので、ちょっと恥ずかしがり屋でおとなしいYさんにとってもそれほど大きな壁ではなかったようです。よく頑張りました!

 

 

 

 

 

 

この生徒(Yさん)は、中学入学まで英語を習ってはいなかったので、英検受検時は、英語という教科を学習し始めて2年足らずというところでしょうか。当塾にはちょうど昨年の今頃、中学2年生に進級される頃にいらっしゃいました。

 

いらした時は、英語の勉強の仕方もまだわかっていない、所謂「英語が苦手なお子さん」でした。(当塾の生徒たちの半数以上が初めはこのタイプです。)

 

 

当塾に来られてまだ1年ですが、思い返してみるといろいろあったなあと思います。とにかく、文法の理論、考え方、頭の使い方を口うるさく教え、彼女もまた非常に忍耐強くついてきてくれました。そして気が付くと、こんな成績がとれるまでに成長なさったこと、とても感慨深いです。

 

彼女の素晴らしい点をご紹介しておきましょう。

 

1.じっくりと自分の頭で「本当に」考えている。

 

こういう言い方をするとある意味失礼かもしれませんが、彼女は所謂頭のキレルタイプではありません。おっとりとした物静かなお嬢さんです。しかしこちらの話を耳を澄ましてよく聞き、自分の頭でじっくりと咀嚼しているように見えます。

 

これは最近彼女について発見し、私自身が驚き、また感心していることなのですが、彼女は一度学習した文法事項を時間がたってもあまり忘れていないのです。その理由が、常に「じっくりと自分の頭で本当に納得できるまで考えながら進んでいる」からであり、私たちの説明、そして質問の一つ一つを大切に記憶に留めてくださっている証拠だと思えるのです。

 

勉強の仕方(=他者に対する姿勢)が非常に謙虚で誠実です。

 

 

2.本を‟本当に”読んでいる。

 

 文法学習が少し早めに終わって時間がある時などに、少し英語長文問題をやることがあります。ある程度まとまりのある長いストーリーをどんどん和訳して読んでもらうわけですが、その際、彼女の言葉遣い(選ぶ言葉のセンス)を聞き、また醸し出す空気から、即座に「あなた本を結構読んでいるでしょ。」と言いました。もちろん、彼女は勢いよく首を縦に振りました、「はい、本を読むのは大好きです」と言わんばかりに。

 

 

(余談ですが、残念ながらこのセリフはそう度々私の口からでるものではないのですが、今までも100%の確率で、本を本当に読んでいるお子さんを言い当てています。)

 

 

時々、「本を何冊読んだ」とか聞かれてもいないのに自慢している人がいますが、それではダメなんですね。本といってもピンキリです。ページ数がうすっぺら~い本も「1冊」、何百ページもあるものも「1冊」。内容がうすっぺら~いのも「1冊」、もんのすごいふか~い内容のものも「1冊」です。

 

 

大事なことは、自分の身体(脳や心)を通して内容を感じること、考えること、楽しめること。(この「楽しめる」という言葉の意味も、ある種の人々に誤解されそうでコワイなぁ…ハ~)本当に楽しんで本を読めている人は「○○冊読んだ」なんてどうでもいいことはこれっぽっちも意識の中に浮かんでは来ないものです。また敢えてアピールしなくても、本当に身体で読んでいれば(つまり字面を追うだけの読み方をしていなければ)必ずその人のどこかに表れるものです。

 

 

いつも物静かで、非常に謙虚に誠実に勉強してくださっているYさんが、この1年でものすご~~~く伸びたこと、指導者として、大きな喜びです。ただただ嬉しいです。何より、小さいころから読書が当たり前の習慣=生活の一部になっていて、かつ本当に感じながら楽しみながら読書をなさっていることに、好感を覚えます。また、今後のご成長の非常に大きな安心材料の一つです。

 

 

 

 

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2017/03/31

「中学英語でぺらぺら」の真相を明かしましょう

昨今は、雑誌の特集号のテーマとして、しばしば英語特集号が組まれます。先日、ふと読売新聞の広告を見ると、2017年の『PRESIDENT 2017年4.17号』は、「『中学英語』でぺらぺら話すーー世界が証明◎1500単語で大丈夫」というものがありました。

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もちろん、いくら何でも、中学英語と1500単語だけで、一流会社のビジネスマンが世界を渡っていけるとは思えません。ましてや、「学生、新入社員、部課長も必読!」を唄って売り込むのは、少々残念で情けない話です。しかし、「中学英語」で英語がぺらぺらだとか、1500単語で大丈夫だかいった宣伝文句も、一面の真理があることは、やっぱり否定できないのです。我々はどんなことを読み取れるのでしょうか?

 

(1)中学英語で英語を話せるようになるというのは、ホントです

 

まず、中学英語をしっかりと学べば、潜在的には英語を「ぺらぺら」話すことくらいは可能だということです。たしかに英語が良くできると言われる中学生であっても、普通はほとんど全く話せないわけで、中学英語でぺらぺら話せるという話はちょっと信じがたいことですね。しかし、中学英語で習う文法力と1500語程度の初歩的な語彙力を身につけるだけで、とにかく最低限のサバイバル英会話をこなすことはできるというのは、本当のことなのです。

 

もちろん、高度な話題や複雑な内容は話せませんし、ましてや大人の日常会話をこなせるわけではありません。しかし、海外旅行に出かけてショッピングをして交通機関に乗ったり、現地の人や他の観光客とやり取りしたりすることくらいならば、全く問題無いでしょう。また、英検準一級やTEAPの英語の面接で合格点をとるだけならば、中学英語で充分にお釣りが来るはずです。

 

中学英語には、それなりの潜在力があるということですね。

 

(2)日本人は、エリートビジネスマンも、一流大学の大学生も、英語力が世界的に見て著しく低いという現実がある。そしてその理由

 

それにしても、「学生、新入社員、部課長」を相手に、有名ビジネス誌が「中学英語レベルの英会話力を養いましょう」と謳っているのは、いったいどういうことでしょうか。

 

現実を直視して申し上げましょう。一流企業に勤めているエリートビジネスマンの英語力は、著しく低い人が多いということなのです。だから、「中学英語」を再学習しましょうと提案せざるをえないのです。

 

一流企業のサラリーマンの英語力が低いとは、どういうことを意味するのでしょうか。英語塾講師として勇気を持って述べれば、大学の英語教育が優れていないばかりか、日本の大学の英語入試のレベルも、あまり高くない、いやむしろかなり低いということなのです。中学英語、つまり基礎的な英語力が大事なのはその通りですが、それを強調せざるをえないというのは、我が国の入試英語のレベルが高くないからなのです。

 

いったいどういうことか、と思われる方が多いでしょう。東大や早慶の英語は難しくないのか?とびっくりされる方もいることでしょう。たしかに早慶や東大の入試英語の大変なことはまことにその通り確かです。入試問題を教える側だって、ふうふう言いながら解いています。とにかく問題文の量が異様に多く、スピードが要求されます。また、紛らわしい選択肢も多い。ちょっとした苦行であることは間違いありません。

 

しかし、問われている英語力がすごく高いかというと、必ずしもそういう訳ではないのです。ここでは、試験内容について詳しく触れるのは避けますが、東大英語ですら、リスニングは甘く(同じ文章を2回も読み上げる)、本格的な長文ライティング課題はなく、スピーキング試験は全然ないといった具合です。

 

けれども、私がここで本当に書いておきたいのは、もっと直感的に理解できる、英語学習や大学受験勉強の、とてつもない大事な話(=秘密)です。

 

 

ずばり、申し上げましょう。東大や京大(ただし理3や医学部をのぞく)に合格する程度の英語力でよいのであれば、中高六年間もかける必要はないのです。個人差はありますが、正しいやり方で真面目に取り組めば、3ー4年程度で達成できます。また、早慶の文系上位学部(早大政経学部、慶大経済学部など)ならば、2年間くらい集中学習すれば間に合います。早稲田の下位学部やGMARCHで良いならば、1年でも不可能ではありません。

 

 

(念のために付け加えておきますが、文系学部であれば高い日本語の読解能力、理系科目であれば高い数学の力があることは、大前提です。あまり勘違いもしてほしくはありません。もし文系志望のお子さんがいらっしゃるのであれば、高1年生の段階で志望大学の英語長文問題の和訳を読ませてみてください。もし、ちんぷんかんぷんであれば、その大学は問題外なのかもしれません。和訳を読んで分からないのであれば、英語で理解することはまずは不可能だからです)。

 

 

実際、当塾出身のOくん(相模中等)の場合は、中学の三年間は英語学習をさぼりましたが、後半の高校三年間でがんばりましたので、京都大学には英語を高得点で合格できました(点数開示による)。中田くん(浅野)は、最初の中学二年間は完全に英語学習を放棄していましたが、中学三年生の一年間は当塾でしっかりと学び、学年トップレベルの英語力になることができました。残念ながら、その後は再び怠けてしまい停滞してしまいましたが、受験最後の半年くらいは集中力を発揮し、結局は早稲田の政経学部に合格することができましました。本当に真面目に勉強したのは、2年間程度だったのです。

 

 

以上のことから何が分かるか?

中高で英語学習をさぼっていても、一流大学に合格できてしまう。だから、多くの一流大学卒業生は、中高生時代には英語の勉強を時々あるいは長期的にサボったりしながら、乗り越えた人が多いのです。社会人になってから英語力がないと日本人が嘆いてしまう本当の理由は、実はこういうところに秘密があったのです。

 

 

もっとも我々は、みなさんに、「英語学習はサボりながらやっても平気ですよ」なんて、サボりのススメをしているのでは決してありません! むしろ、英語学習の現状を踏まえ、英語学習の積極的戦略を考えていくことを提案していきたいのです。

 

 

 

 

 

 

 

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