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2017/08/10

プロ講師には何が見えているか―前章

我々もお陰様でかれこれ20年、この業界で仕事をさせていただいています。そのほとんどの期間が、子ども達への個別指導、特にここ8~9年は完全なる1:1のマンツーマンでお子さん一人一人と密に関わって、英語の指導をしています。

 

 

一度に何十人も収容するような大手予備校の講師の方々と比べれば、関わった生徒の数は少ないでしょうが、どれだけ深く関わったか、その深さ・密度で見れば、全く比較のしようもないほどに違いがあるだろうと自負しています。また、同じ個別指導の経験者であったとしても、経験年数や指導スキルのみならず、その間に意識的に磨いてきた、人を見る洞察力という点で、他に引けを取るものではないと、自負しております。

 

 

大変恐縮なのですが、具体例を挙げてみましょう。当塾の生徒から聞いた話です。

 

 

その生徒は、ある有名予備校の高1国語の講習を受けていたのですが、わずか数か月でやめてしまいました。理由は、「講師の鈍感さに嫌気が差したから」だそうです。

 

 

その生徒は、非常にじっくりと物事を考える、真面目な生徒です。また、中学受験時代より、国語の問題は、まず本文をじっくりと読む、問題は根拠を持って答える、ということを常に意識して取り組んでいたそうです。(むしろじっくり考えすぎて時間が足りなくなるようなタイプだったそうです。)ですから、その塾においても、じっくりと考えながら国語の問題を解いて、臨んでいたそうです。(予習が原則とのこと。)

 

 

 

その予備校の先生は、毎回授業後に感想を書かせるそうですが、特に書くこともなく困ったこの生徒は、「問題はじっくりと考えながら解くことが大切だと思った。」と、自分にとっては既に当たり前になっていることを書いて、提出したそうです。その後の授業で、この講師は、この生徒のこのコメントを読み上げ、この生徒をじっと見ながら、「そうですよ~、皆さんは、適当に解いたらいいと思っているかもしれませんが、問題はじっくりと読んで、じっくりと考えることが大切なんですよ~」と、あたかも「あなた、今までそういったことを考えていなかったんですね。」とでも言わんばかりのいやらしさで、言われたそうです。

 

実は、このクラスは、(高1国語ということもあってか)一クラス3~6人ほどしか在籍していなかったとのこと。ですから、自分の顔を見ながら言われていることは、自分に言われているのだと、強く感じたそうです。

 

この生徒にとって、「じっくり読んで考えるなんて、当たり前、既に実行中」のことですし、毎回そのようにきちんと学習していますから、「それに気づいていないの?」と、この講師の態度は非常に癇に障る言動だったようです。

 

 

もう一つの例ですが、実は同じ生徒からの話です。集団式予備校の先生はこんなものか、と嫌気がさしたこの生徒は、映像授業で国語の講習を受けることにしたようです。そこでもまた、面白いことが起こったそうです。

 

 

映像授業を受けようとすると、うまく起動しなかったようで、大学生のアルバイトスタッフにその旨伝えたそうです。「ちょっと待っててください。」という言葉をのこしてそのアルバイトはどこかへ行ってしまいました。「やんなっちゃうなあ、早くしてよ~。」と心の中でつぶやきながら待っていると、別のアルバイトが何かの用事でやってきて、「あれ?勉強しないの~?」と声をかけてきたそうです。この瞬間、この生徒は、プチっときたそうです。私でもそうなると思います。「あれ?勉強しないの~?」ではなく、「何か(問題)ありましたか?」でしょ?(まあ、学生アルバイトなのですから、あまり強く責めることはできません。そんなものじゃないでしょうか。)

 

 

前者の例も後者の例も、彼らの共通性を見出すことができます。それは、彼らは「全体」しか見(え)ていないということ。たとえ目の前に一個の特有な「個体」が存在していても、彼らにとってそれは、全体を形作っている同じ形をした、ただの「一粒」。だから、本来一人一人、個別の特性をもっているはずの「個」を前にしても、「全体を見る目」「自分の固定観念」を持ってしか対処できないし、しない、ということです。

 

 

(結局、この生徒は、自分が、「顔の見えないその他大勢」と同じように見られ、扱われることに嫌気が差し、国語の勉強は自分ですることにしたそうです。私どもは、評判のよい参考書や問題集を紹介し、勉強の仕方などをアドバイスしています。)

 

 

 

私たちにとって、上記のような例はにわかには信じ難い話です。なぜなら、目の前にいる生徒の学力を効果的・効率的に上げるためには、「その生徒自身をよく知る」ということが、初めの一歩であり、大前提としていることだからです。それを抜きに、質の高い指導などあり得ないのです。

 

 

私どもでは、まず親御様とご本人にいらしていただき、面談をします。そこでいろいろなお話をしたり、伺ったりしますが、それは、どんな親御様がどんな風に育ててこられたのか、また、お子さんは、どんな風に勉強してきたのか、どんなことが好きなのか、といったような、その子その子の「特性」を探り当てているのです。もちろん、一度だけで全てがわかるわけではありません。毎回毎回の授業で、質疑応答する中で、「うん、なるほど、この子はこういったものの考え方をするのか。」とか、「こういう場面でこうなる傾向があるんだね。」といったように、様々な分析を蓄積しているのです。そういった分析の蓄積があるからこそ、「この子はこういう面が弱い。ここをこう強化していかなければ、目標地点に近づけない。」といった個別具体的な将来像や、効果的戦略を立てることができるのです。

 

 

例えていうなれば、大手予備校等は、大きな一つの山を外側から見ているのですね。山の中に分け入って入り、一体個々の動植物がどういう状態で存在しているのか、といったことには関心はないんです。植物が多少枯れようが、動物が多少死に絶えようが、そういったことは大事な問題ではないんですね。山が山の形を保ち、そこにありさえすればそれでよいのです。

 

 

一方、私どもは山の中に根差している、一本一本の木や植物を見ています。「ああ、この植物は、土に栄養があまりないね、もう少し土に養分を与えるときっと綺麗な花が咲くね。」とか、「ああこの木はなかなか立派に見えるけど、葉っぱがたくさん枯れ始めているね、なんとかしなきゃ。」とか、そんな風に、一人一人の生徒たちを観察して、一本一本が今よりよりよい状態になることを一つの楽しみ・やりがいにして、日々を生きています。

 

つづく

 

 

 

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2017/08/02

国語力・教養力をいかにつけるか。Part2

前回は、国語力を身に着けるための条件である「語彙力」は、家庭や読書によって育まれるということを書きました。そして、親が自分の中高生時代に感銘を受けた本を勧めたり、自分が新聞を楽しみながら読む姿を子どもに見せることで、子どもも自然に読書や新聞など活字に興味を持つようになる、というお話をしました。お互いに共通の話題を持つことで、家族の会話は自然と、社会問題や政治の話題にもなるのだ、というところまででした。

 

 

例えば我が家では、食事をしながら、あるいは、テレビを見ながら、原発問題、沖縄基地問題、安保法制、共謀罪、トランプ米大統領の英語の分かりやすさ(笑)etc…と国内外の様々なニュースについて、語り合います。誤解してほしくないのですが、こういったことは、何かの目的のためにやっているのではなく、そういう問題について、考えたり話したりすることが楽しいから,あるいはやらずにはおれないから、やっている、ということです。

 

もちろん、実益にもつながります。例えば、学校に優秀な社会科の先生がいたりすると、定期テストにおいても、「日本のエネルギー問題についてあなたの意見を書きなさい。」だとか、「TPP問題についてあなたの意見を書きなさい」等、自分の意見を記述させるようなよい問題を出す場合があるようです。多くの生徒が苦手とするこういった問題も、普段から新聞を読み、ニュースを見ながら、家庭内においてあれこれと話をして、自分の意見を持っていれば、全く楽ちんなイタダキ問題となるからです。

 

そういえば、英検の二次面接の練習を生徒の皆さんとすることがありますが、この練習をするときに、ある意味で、生徒の皆さんの日常生活の一端が顕わになりますね。英検の二次面接では、「現在~のようなことが言われているが、その意見についてあなたはどう思いますか?」的な質問がされます。もちろん、簡単な英文で簡単に答えればよいので、ある種のお子さんにとってそれほど難しいことではないはずですが、(←英検の面接の採点は甘いので、ポイントがずれた答えでも適当に何か英語で答えればなんとかなります(笑))、全く固まってしまって、手も足も出ない、というお子さんも時々います。こういうのはまさに、「日常生活でいかに周囲の問題に関心を持ち、自分の意見を持てているか」が問われます。ある意味で、付け刃では対策できないという言い方もできるかもしれません。

 

そういう意味では、家庭内における会話というのは、語彙力を増やすというよりはむしろ、「教養力だとか考える力」を養うことの方に重点があるのかもしれないと思います。

 

多くの方がいまだに、語彙力だとか思考力といったものは、机の上で一生懸命勉強して育むものだ、と誤解しているんですね。多分違うと思いますよ。もちろん、机上の勉強によっても育まれますけれど、日常生活の何気ない習慣から少しずつ蓄積されるものが大きいと思います。だから、「家庭力」「親力」が問われているのです。

 

『お母さんが教える国語』(ダイヤモンド社)という本の著者、早川尚子さんも書かれていますけれど、まさに国語というのは、「その人の生活、生きざまを背負っている、その人の生活そのものを映し出している」のだと思います。

 

ここで一つ、生活の中での「私と新聞とわが子」の関わり方の例を挙げておきます。

 

2年ほど前、東京新聞の読者の投稿欄で見つけた素敵なお話です。何年も続けている新聞の切り抜きファイルの中に眠らせている記事ですが、私の心の中には鮮明に刻まれていて、事あるごとに思い出される、ある親子の「物語」です。まずは、記事をそのまま転記してご紹介しましょう。

 

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「引きこもりをやめた息子」(東京都小金井市 主婦 67歳)

 

 

 

 高校を卒業して15年引きこもっていた息子が、仕事を見つけ働き始めた。父親の死をきっかけに、母親の私の生活を心配し、自分の年齢を考え、NPOの人たちの助言を得て、自らハローワークへ出向いたのだ。

 

 仕事は清掃業務。我が家から十分で行ける某大学の街路樹の落ち葉をかき集めることだと聞いた。人間関係が苦手な息子にとって、自然が相手の仕事は良かったと私は思った。

 

 息子が働き始めて一週間。私用で私は大学に出かけることになった。学生の往来の中、息子は褪せたグリーンの作業着に軍手をはめ、ざわざわとふり落ちる葉を竹箒で懸命にかき集めていた。そばにはリヤカーがあった。集めた落ち葉を積むためだ。

 

 この日は風の強い日で、掃いても掃いても、かき集めてもかき集めても、風は容赦なく葉を撒き散らした。息子は風が少し弱まった時を見計らって、バサバサッと集めた葉を入れると、リヤカーを引いて行ってしまった。息子の背中が今の彼の年齢より、ずっと年取ったように見えて、私は胸に突き上げるものを感じた。

 

 しかし、どんな仕事を選んでも、働くということは、また大きく言えば、生きるということはこういうことだ。今の息子には、そのことを身をもって知ってほしい。リヤカーを引いて行く息子の後ろ姿に、今の時間を、今日だけを考え頑張ってほしいと願った。その積み重ねこそが、明日につながるのだから。

 

 私にできることはおいしい夕飯を作って息子の帰りを待つこと。そう自分に言い聞かせた。

 

(2015.11.19  東京新聞発言欄より)

引きこもりやめた息子(2015年」)

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とても短い文章ですが、皆さんはどうお読みになられましたか?私はまず、「この人、文章がうまいなあ」と思いました。まるで超短編小説を読んでいるような感覚すらあり、ものすごく引き込まれて読みました。ただの活字でしかないはずなのに、その奥に確かな「人間の物語」がある。確かに血の流れている人間が、そこに生きている。

 

箒を手にする息子さんの寡黙な姿。息子さんをからかうように舞い上がる葉っぱ。その様子を黙って見守る、何層にも重なる母親の複雑な思い。そして、「しかし」という接続詞に、たったこの3文字に、母としての感傷を振り切っての、強い決意が、表明されている。

 

私は、この「しかし」という言葉に、ものすごく胸が熱くなります。なぜだかわかりますか?…と余談はここらあたりにして

 

私はこの記事を読んですぐ、わが子にも読ませたいと思いました。そして、質問してみました。

「このお母さんの、この時の思いというのは、大きく三つあると思うのだけれど、どういう思いだと思う?また、どこからそう思う?」

 

(私の想定する答えが「正解」かどうかはわかりません。それはこのお母様にしかわかりえないこと。しかし少なくとも、この文章から読み取れる「母の思い」というのは少なくとも3つあるはずです。恐らく、国語の問題として出されても、それが答えになるだろうと思います。)

 

 

…とまあ、こんなやり取りをして遊んでいます。こういうやり取りが、家族の会話の日常として習慣化していれば、自然と「考える力」「言語力」というのは、ついてくるはずです。

 

学ぶ材料、子どもの思考力を鍛える材料は、身の回りに無数にあります。それに気づくか気づかないか。その違いだと思います。一旦火がつけば、ある種のテレビを見ても、学べることはたくさんあります。よく「うちはテレビを一切見ない」なんてご家庭もあるようですが、「うちは結構テレビも見ます。」「見方」が大事なんだと思います。またおいおいご紹介していきます。

 

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