
昔からよく議論されている話題ですが、
残念ながら、間違った推論が幅を効かせてきました。
- 日本人は文法ばかりやっているから話せないのだ。
- 子供の頃から英語を勉強していないからだ。
- 大学入試問題が奇問難問ばかりで、実用英語でないからだ。
- 英検のような実用英語を重視していないからだ。
- ALTの外人講師を十分に活用しないからだ。
私はアメリカの大学で、外国語を「話せる」ようになる講座を受講しましたので、
これは、間違った考え方の代表例ですね。逆です。むしろ、文法力が不足しているから話せないのです。
もう少し詳しく説明します。
(その前に最初に申し上げておきたいことがあります。日本人は英語学習で文法ばかりやっているというイメージは、残念ながら中高年オヤジ的旧式英語教育観に過ぎません。良くも悪くも、かなり多くの中学高校の授業では、英文法はほとんど取り上げられていないからです。多くの(中)高校は英文法の問題集を生徒に丸投げするだけで、実際に英文法を教えているのは、実は塾や予備校なのです。ですから、もし文法中心の教育に不審があるのでしたら、寧ろ学校に英語教育を委ねるべきだと忠告しておきます。)
文法を学ばないで外国語を話そうと思ったら、同じ決まり文句をいつも繰り返し発すしか出来なくなってしまいます。”To go, please” ” I’d like coffee”だけの言語生活。。。
あるいは、単語を出鱈目に並べなければなりません。もちろん、そういったことも外国語のコミュニケーションでは、ちょっと便利な技能なのかもしれませんが、英語でそれだけでは残念ですね。
我々に必要なのは、決まり文句を100個覚えることではなく、どんな英文でもその場で作りだせる能力です。そのためには文法力がどうしても必要になるのです。
英文法というと、英文法の4択の問題集を思い浮かべる人がいるかも知れません。『Next Stage』『Up Grade』のような英文法の網羅系問題集がその典型例です。たしかに、この手の4択問題集を繰り返し読んだとしても、英語を話す能力にはつながりません。そもそもあまりにも複雑すぎます。また、所詮は4つの選択肢を選べば良い問題集にすぎないからです。
英語を話したい人がマスターすべきは、大学入試等で求められる難解な文法事項ではなく、もっと基礎的な英文法です。つまり中学英文法ですね。
中学英文法くらいならば、ある程度分かるという人もいるでしょう。あるいは、そんなものは1か月くらいで簡単にマスターできるよと考えている人もいるでしょう。しかし、本当に皆さん中学英文法をマスターしているでしょうか?
一流高校の生徒さんであっても、中学英文法をマスターしていると言える人は非常に少ないのが現実です。記号選択問題で正答が分かる、いちおう日本語に訳せるくらいでは、中学英文法をマスターしたとは言えないのです。少なくとも英語を話すために求められているのは、下の写真のような教科書の基本例文をよく覚え、和文英訳的に英文を自在に作り出す能力なのです。つまり、最低限、<話し・書くための中学英文法>が求められています。
当塾の経験から言えば、教科書レベルの和文英訳が即座に出来るようにをマスターするためには、短くても3-5か月、長いと2-3年かかります。決して短くはありませんが、やる価値の非常に高い、和文英訳でもあり例文暗唱だとも言えます。
一方、従来の普通の英語学習では、どういうルートで文法力を伸ばしていったでしょうか。多くの場合、中学英文法を完全にマスターしていないのにも関わらず、難解な英文法(高校英文法・受験英文法)に突入していました。このように文法を勉強したのでは、話したり書いたりすることは出来ません。しかしながら、文法力が不要だという訳では決してないのです。
念のために付け加えておけば、文科省が進めているような中途半端な小学校英語は、
大学入試英語が奇問難問の時代は終わりました。
大学入試に全責任を負わす考え方は、やや不当だといえます。
英検の四技能(話す、書く、読む、聴く)重視には確かに良い面もあります。しかし、英検準一級に合格して上智・MARCHに進学した者に対して、「英語を話せる人」という認定をできるかというと、非常に厳しいと言わざるを得ません。さらに、英検は総じてどの級も、2020年以降大いに易化してしまったことを忘れてはいけません。
英検を評価しすぎてはいけません。
Yes です。
なにしろアメリカの大学では、
簡単に言えば、次のようなプログラムです。
<少人数教室(10人未満)>
<週五回(2年目は週3回)+復習>
<ネイティヴ講師>
<希望者のみ受講>
また、「集中言語プログラム」も極めて有益です。(私自身は、
<少人数教室(10人未満)>
<1日3時間・週5回・8週間 +復習>
<ネイティヴ講師>
<希望者のみ受講>
このような理想的コースがあれば、
余談となりますが、ひとつだけ興味深いことを書いておきます。上記のアメリカの大学の語学教育では、
今回はこれまでと致します。次回は、もっと現実的な英語を話すための教育プログラム案について説明します。
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シリウス英語個別指導塾 by 東大式個別ゼミ
中高一貫校専門 大学受験英語塾 英検
相模大野・中央林間・横浜・藤沢・町田
住所:神奈川県相模原市南区東林間4丁目13-3
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以前、受験生に対して安易に大矢復『大学入試英作文ハイパートレーニング 自由英作文編』(以下、『ハイパー自由英作文』略します)を薦めてはいけない。もし相手が誰であろうとお構いなしに、『ハイパー自由英作文』をやりなさいと薦めてしまう人がいたら、学習アドバイザーとしては失格だと書きました。
『ハイパー自由英作文』をやれば良いじゃないですかと気軽にアドバイスしてしまう人は、基本的に独りよがりで、個々の受験生が抱える問題を理解出来ていないようですね。
ちなみに『ハイパー自由英作文』をやるべき受験生は、首都圏であれば、東大・一橋・東外大・慶應(経済・医) ・早稲田(政経・法)志望者のみです。他の国公立大学志望者や、英検準1級やTEAPの受検者であれば、取り組む必要はありません。
さて、以上の見解については、ある程度以上の自信があるものの、自説を確かめるために、youtube上で [大矢、自由英作文]と検索してみました。すると一番上位に上がっていたのが、大学生(?)の人気Youtuberさんの英作文講座でした。
その人は実は、自由英作文をするのに「模範英文の暗唱は必ずしも必要ではない」という、ちょっと不適切なアドバイスをした人でしたので、私の仮説は間違っていなかったようです。(正しいアドバイスは、「難解な和文英訳の例文を暗唱する必要はないが、中学レベルの基本英文はある程度以上絶対に覚えなさい」です。そうしないと、英文を書けるようにはならないからです)。
さて、そうは言うものの、彼の英作文講座をちょっと見ていました。すると、明らかに間違った英語のレクチャーを始めたので、ちょっとビックリしてしまいました。
下の写真を見てください。
「きのうは雨でした」をそのまま日本語に直訳し、“Yesterday was rainy”. としてはいけません。と発言したのです。
” Yesterday was rainy.” は、「高3でも書くヤバい文章」だということになっています。また、「だいたい”Yesterday was” なんて表現、気持ち悪いね」とまで言い出す始末です。しかし、” Yesterday was rainy.”は、頻繁に使われる訳ではありませんが、決して間違った英語とは言えません。
「昨日は雨だった」の英語表現には、実に様々な表現があり、yesterdayやthe rainを主語にしても良いのです。下の文は全部正しい英文です。
- It was rainy yesterday.
- It rained yesterday.
- We had rain yesterday.
- Yesterday was rainy.
- The rain fell yesterday.
間違ったことを平気でドヤ顔で明言してしまうのは、教える側の人間としては本当に恥ずかしいことです。プロ講師とはとても呼べませんね。しかし、ここでこのyoutuberさんの失態をとりあげたのは、彼個人の問題点をあげつらいたいのではなく、英作文の指導や添削の現場において、とてもプロ講師(プロ添削者)とは言えない人たちが、同じような問題を起こしているだろうと推測できるからです。
まず、プロ講師と言えない英語教師が添削したり採点したりするとき、模範解答と異なるというだけで、その解答を簡単に❌にしてしまう事例が多いことが予想されます。
現に模試の採点なども、かなりいい加減なものが多いようです。
私も、本当は間違っていないのに×にされている英作文の答案をいくつも見たことがあります。例えば、as if S + V (現在形)で❌にされていました。
(as if S +V の場合は、Vを過去形(仮定法)にする場合が多いが、現在形(直説法)でも良いのです。辞書を見ればちゃんと書いてあります)。
次に、プロ講師でない英語講師は、生徒や受験生としての学習方法と、教師としての学び方は、少々異なっていることを理解していないのではないでしょうか。
受験生は多くの場合、一冊の参考書を徹底的にマスターすればそれでOKです。「昨日は雨だった」ならば、”It rained yesterday.” “It was rainy yesterday”. “We had rain yesterday.“ の三つぐらいを知っていれば、十分でしょう。
しかしプロ講師としては、三つの表現しか知らないのでは困ります。もちろんプロ講師だとしても、あらゆる表現に精通している訳ではありませんから、正しいか否かよく判らない英文にたびたび出くわすでしょう。だがそんな時には、徹底的に調べなくてはなりません。
しかしこのYouTuberさんは、「”Yesterday was rainy”は気持ち悪いね、間違いだね 」と決めつけてしまった。自分が知らない表現は間違いと即決してしまった。プロ講師としてはあり得ない事でした。
数学で言えば、「別解」で解いた答案を❌にしてしまうような愚行でしょう。
英語の場合は、別解として正しいのか否か、判定するのが難しい場合があります。しかし、現代の辞書やインターネットではかなりのことまで調べることができます。最大限の努力を払って、調べるべきでしょう。
例)”Today is raining.” は間違いか否か。
ーーー間違いとは断言はできないが、複数の辞典に一切それに似た表現はない。またインターネットで調べる限り、その表現を用いる人はほとんどいない事がわかる。だから使うべきではない、と判断できます。
最後に付け加えておきたいのは、英作文を教える者は、いつも辞書をフル活用しなくてはいけないということです。また、忙しい高校生・受験生も、たまには重要語について、辞書を精読してもらいたいと思います。
今回の場合であれば、辞書でyesterday (名詞)を調べてみれば、yesterday が主語で、wasが動詞の例文を、いくつも簡単に見つけることが出来たはずでした。例えば、
“Yesterday was my birthday.”
“Yesterday was Sunday.”
“Yesterday was my first wedding anniversary.”
“Yesterday was our day; Taro passed the bar examination.”
このくらい調べれば、” Yesterday was rainy.” は、ほぼ正しい表現だと推測出来たはずです。プロ講師の自覚がない人は、辞書を引く習慣がないのでしょうね。とても残念なことです。
ところで、エースクラウン英和辞典という高校初級用の辞書があります。この辞書でwant を調べると,
You (might) want to …
するほうがいいでしょう。
というのが出ています。こういう表現はご存知でしたか?実は『プログレス21』のBook 2 にも出てくる大事な表現なんですよ。(こういう表現を知らないと英会話をしているとき、相手の話が全然理解できない場合があります)。
今回はここまでとします。
日本の大学入試の自由英作文は、きらりと光る才能を見せるような試験ではありません。むしろ、巷に転がっている、典型的だったり凡庸だったりする意見を、そのまま提示しさえすれば、それで満点が取れるはずの試験です。
しかし、実際高校生に教えていると、狭義の英語力というよりは、その生徒の思考力や教養力など、総合的な能力が問われる試験のように思えてきます。
たとえば、「老人の自動車免許返納制度に賛成か、反対か。立場を決め、その理由を述べなさい」という課題があったのですが、ある生徒は「老人は不注意だから免許を返納すべきだ」という立場で自由英作文を書くことになったことがあります。しかし、「不注意」という言葉の内容を具体的に説明することが全く出来ませんでした。これでは自由英作文は書けません。
英語の表現が浮かんでこないのではありません、日本語でも一切具体的な事例を出せなかったのです。つまり、「老人は不注意だ」という命題の具体例、たとえば、「老人はアクセルとブレーキを踏み間違える」とか「老人はブレーキを踏み遅れる」といった事例を挙げられなかったのです。
おそらく日頃からニュースを見たり聞いたりしないのでしょう。このような生徒の場合、自由英作文では完全にお手上げ状態になってしまうわけです。
英検準一級レベルあるいはGMARCHや上智大のレベルを超える自由英作文、つまり、慶應(経済・医)や早稲田(政経、法)、旧帝大や東大・一橋に合格できるような自由英作文を書けるようになるためには、何が求められているのでしょうか。
ここで私は、内容的にもしっかりと読める自由英作文を書くための能力として、
①問題文を正確に読む力
②抽象語と具体語を行き来する力
③物事を抽象化したり、原因や理由を考える力
④文と文との「飛躍」に気付く力、また適切に並べる力
という4つの能力を挙げてみたいと思います。
- 問題文を正確に読む力ーー与えられた設問に対して早合点せず、丁寧に正確にその意図を読み取る能力
- 抽象語と具体例ーー空虚で無内容な抽象語に逃げ込まず、有意義な抽象語(や概念)とその具体的事例を往復する能力。
- 抽象化ーー物事を抽象化したり、その理由や原因を考える能力
- 文と文との「飛躍」に気付く力ーー英語の文と文との間で、話題が予告もなしに突然「飛躍」していないか、検証して気が付く能力、さらには英語的に適切な順番で並べる力
今回は①について詳しく説明しておきたいと思います。
問題文を読み取る力が大事だなんて、当たり前のことじゃないかと思われるかもしれません。しかし、自由英作文においては、(実は他の教科においてもですが)、この当り前のことを実行するのが実に難しいのです。非常に多くの生徒・受験生が、問題文を読み損なってしまい、的外れな回答を書いてしまっています。
なぜそういう事態が起きるのか。おそらく、英文を書こうとすると、ある種の興奮状態に陥っているので、冷静な判断ができなくなり、勝手に「これだ!」と早合点をして、決めつけてしまうのだろうと推測しています。いくつかの事例を具体的に取り上げてみましょう。
まず、前々回のブログ(「英作文の学習ルート(3)自由英作文(その3)英検と慶應(経済)の間、当塾の英作文添削事例から」)について簡単に振り返ってみます。問題文は「現代社会で幸福な人生をおくるためには、どのような技術を身につけるべきか」という問でしたが、受験生は「現代社会において必要な能力は何か?」であると短絡的に理解し、誤解してしまいました。結果、「自分で考える力」(=思考力)の習得が大事だというやや的外れな回答になってしまったのである。(もちろん、自分で考える力が大事だ、という筋でそのあとを論理的に正しくつなげていけば問題ない英文を書きうるのですが、それは出来なかったのです。)
他の事例を取り上げてみましょう。
2022年度の慶應大学医学部の設問は「なぜ貴方は慶應大学医学部の学生として受け入れらるべきだと思うか」というものでした。ところがある受験生は、「なぜ貴方は慶應大学医学部に入学したいのか」と読み間違えてしまいました。結果、自分の優れた点をアピールする場なのに、慶應大学医学部の優れた点を書き連ねるという大失策を犯してしまったのです。
間抜けな話のようですが、自由英作文問題においては非常に多い典型的早合点です。自由英作文を書く際には、どんなに急いでいても深呼吸をし、問題文をしっかりと読み返し、問われていることの核心をしっかりとつかむということを肝に銘じておくべきです。
もう少しやや面倒な早合点の事例を、インターネットから紹介しましょう。
河合記述模試の結果が帰ってきたのですが、英語の自由英作文の採点基準がわかりません。配布資料には「簡単な英文には高得点はあげられない」と書かれていましたが、指定の字数も守りましたし、内容にも変な事は書きませんでした。しかし、部分点すらなく、自由英作文は0点でした。以下、内容です。
Q.もし自分が映画に出るとしたら、どういう役割をしたいか。理由ともに30文以上で述べよ
A.I want to
performa main cast.(=>play a leading role).
This is because
if I became
a famous person,
I would get
a(削除) big money.
Being rich, I could help
my parents do anything
they want to do.
(赤字は当ブログで付け加えた添削・修正案です)
なぜこの自由英作文は0点だったのでしょうか。
よく問題文を丁寧に読み直してみましょう。すると、設問に対する答えとしては不適切だと分かります。
というのは、設問で求めているのは、映画でどのような「役割」を演じたいかだったのに、回答では「主役」を演じたいとしか書いていないからです。主役だろうが脇役だろうが、もっと具体的に「どんな役」かを述べなければ設問に答えていることにならない訳です。
もう少し分かりやすく説明します。例えば、以前NHKで「正直不動産」というTV番組があったのですが、もし主役はどんな「俳優」かと問われたら、ジャニーズ出身の山下智久で、彼が俳優としてどうなのかを説明しなければなりません。しかし、この番組の主役が演じた「役割」を尋ねられるのならば、「嘘をつけなくなった不動産営業マン」と答えるでしょう。問いによって答えは大きく変わるのです。
要するに、「映画でどんな役割を演じたいのか」という設問ならば、刑事役、大泥棒、怪獣退治をする人、戦国時代の武将、恋愛する大学生をやってみたい等々と答え、さらにその理由をつけ加えなくてはなりませんでした。有名な俳優になって金儲けして云々を書いてしまっては、的外れ答案だと言うことで減点されるのも当然でしょう。(とはいえ、0点は少々厳しすぎる採点かもしれませんね)。
次もインターネット上の自由英作文(添削希望者)です。設問について重大な勘違いをしています。
Q. 「『郷にいれば郷に従え』についての意見を述べよ」
A、I agree with the idea
( +“when in Rome,
do as the Romans do”
Answerにも、諺を書いておくこと) .
Because(because の位置を変えること。注釈で説明する)I think that
proverbs
is(=>are) true.
Proverbs
was(=>were) made
by
old people(=>ancient people)
old peopleでは「老人」になってしまう)。
and
has(=>have)
been used
for many years.
In fact, when I went
abroad,
I did as people did.
So it went well.
訳 (私は(+「郷に入れば郷に従え」という)考えに賛成だ。諺は真実だと思う(because「からだ」は削除すべし)。諺は昔の人によって作られ、長い間使われてきた(+からだ because は次の節の先頭に置くと良い)。実際、私が海外に行った時、私は人がするようにした。だからうまくいった)。 (赤字は添削の加筆または修正案)
[注]
アンダーライン部は意味が通らないので、becauseの位置を次のように変えると良い。
Because I think that proverb
is true. Proverb was made
by old people
and has been used
for many years.
=>==>
I think proverbs are true
because they were made
by ancient sages
and have been used
for many years.
(諺は、古代の賢人たちによって作られ、長年の間活用されてきたので真実だと思う。)
英文の文法的・語法的ミスは上記のように少々手直ししてみましたが、内容面では大きな勘違いが残っています。
というのは、そもそも諺というのは、数学の公理のような普遍的真理ではないので、いつでもどこでも成り立つような命題ではありえないからです。当然のことながら、問題を出す側も「いつでもどこでも成り立つ普遍的真理であると証明しろ」と命令したりしません。
ところが設問について早合点してしまい、「諺だから真理だ」と的外れな方向に議論を進めてしまいました。
もう少しこの人の答案を丁寧に読んでいきましょう。まずこの諺について、「賛成だ」(I agree with the idea)とまず立場をはっきりさせました。これ自体には大きな問題ありません。(本当は、限定付きで賛成すべきでした)。しかしその理由として、諺は長年の間受け継がれてきたので、「真実だ」(true)だと論じてしまいました。
諺について、特定の留保なしに諺の全てを真実だと述べるのは、設問者の意図を完全に読み間違えたと言って良いでしょう。
何故こんなことになったのか。
この回答者は、英文を書くときには「抽象→具体」の順番に並べるのだと習って知っています。だからまずは抽象的命題を立てようと焦ったのでしょう。そして「諺だから真実だ」という命題を思いついたので、全く吟味せずに、これならば抽象的な命題としてピッタリだ、と早合点してしまったのでしょう。しかし、諺を論じるのに適切な切り口ではありませんでした。
①「問題文を正確に読む力」をまとめます。自由英作文では設問についての早合点、早呑込みが本当に多発しています。普段以上に丁寧に設問文をよく読み返し、ズバリその核心をしっかりとつかみましょう。
なお諺と似たようなモノとしては、古典文学等がある。古典文学も同様に長い年月読まれ続けた作品ですが、通常、「真実」や「真理」がそこにあると評価したりはしません。むしろ、「今なお読むに値する」とか「優れた作品」だという具合に評価します。
もっとも「真実だ」と評価される、古から伝えられた文書がない訳ではありません。キリスト教やイスラム教の宗教的原理主義者が想定している「聖書」がその例です。しかし、今回はそういう類のものではありませんね。
因みに、上記の問題では、与えられた諺に対してどのように応答すればよかったのか。
諺というのは、ある特定の条件において役に立つ(或は、役に立たない)アドバイスなのですから、真実だと切り出すのではなく、特定の条件で有効だと述べるべきだったのです。この人の場合は、海外旅行で役に立ったと後で書いているのだから、むしろこれを最初に持ってくるべきでした。例えば、こんな具合にしてみましょう。(when 以下がある特定の条件です)。
I like the proverb
“When in Rome,
do as the Romans do”
very much
especially when I go
to foreign countries
whose local customs
are different from
those of Japan.
(私は「郷にいれば郷に従え」という諺は、日本と習慣の異なる国に行くときに大変役に立つと思います)。
さらに具体例としては、
For example, when I went
to Bali, a very hot country,
I wore long pants
as people there do.
That was why I was welcomed
at the temples
while those in short pants
were not.
などと加えられると良かったのです。
或は、逆にこう書くこともできるでしょう。
I do not like
the proverb
“When in Rome,
do
as the Romans do”
very much
especially when
an organization
or a society
needs transformation.
Let us imagine newcomers
who do not do
as the local people do.
I wonder if
they might be able to
be catalysts for change.
(この諺は、組織や社会が変革を必要しているときにはあまり好きにはなれません。というのは、地元の風習に従わない新入りが社会変革の触媒の役割を担ってくれる可能性があるからです)。
最近、小学生のお子さんを英検準一級に合格させたいという問い合わせを受けることが時々あります。たしかに英検準一級に合格することは、小学生や中学生のお子さんにとっては、かなりの勲章です。しかし当塾としては、早くから英検準一級を目指すことについては、あまり推奨している訳ではありません。
一つの理由は、英検準一級で取り扱われる英語、とくに英語長文は、高校生以上のためのトピックが中心であり、ほとんどの小学生のお子さんには理解しにくいものだからです。そういう大人向きの英文を、小学生に無理やり読ませることに何かメリットがあるのか疑問だからです。(但し、かなり早熟かつ優秀で文章の意味が理解できているようなお子さんならどんどんチャレンジしてよいとは思います。)
もちろん、英検準一級や英検一級に合格する小学生が毎年出てくるのは、事実です。そして、そういうお子さんたちに倣って、合格を勝ち取ろうとする人がいるのでしょう。しかし、合格したお子さんたちのほとんどは、英文の内容を理解して合格したのではなく、よく理解できなかったが、記号選択問題で答えを「当てる」コツを身に着けたにすぎないのではないでしょうか。私達が危惧するのは、意味が分からなくても記号選択で正答を「当てれ」ば良い、答えさえ合えばよいのだ、という大きな誤解を子どもたちに植え付けてしまうことです。そのような勉強法を最初から癖にしてしまうと、中高生になってから伸び悩む可能性大です。
英語学習というのは、かなりの長期戦です。英検準一級や英検一級なども、その一里塚に過ぎません。これからも英語学習は何十年も続くのです。だとしたら、内容を本当に分かり、英語の面白さを楽しむ勉強法をお子さんにしてもらいたいのです。そのためには、その年齢に相応しい英文を読ませたり、視聴させたりするのが、教育上非常に大事なことです。
もう一つの理由は、英検準一級よりももっと良い目標があると考えるからです。すでに別のブログでもある程度説明しましたが、英検準一級は易化し、今では上智・MARCHに楽して進学できる方法論になりました。また英検のリーディングは記号選択式問題のみ、ライティングはアルバイト採点者による激甘採点で構成が酷くても高得点が可能です。そのような簡易テストも使い道はあるでしょうが、目標とするにはちょっと残念です。
望ましいのは、大学教授のようなしっかりとしたプロが採点するテストで、適度な難易度の英文を読ませ、それを本当に理解したか否かを問うようなリーディング・テスト、また語彙・文法力だけでなく論理力・構成力と教養力を問うライティングのテストです。そのようなテストで合格点を取ることを目標にする方が良いのではないでしょうか。
理想的な英語の試験の一つとして、今回のブログのタイトルにも掲げましたが、慶應大学の経済学部、文学部、医学部の入試問題があります。いずれも、自分が専攻したい分野に関連のある、だがあまりに専門的すぎるわけではない長い長い英語長文を読むことになります。本人の知性と教養力が問われる英文を読むのだということです。
そして経済学部の入試問題では、その長文の内容を咀嚼したことを前提に、自分の立場を明確にする小エッセイのライティングが求められます。たとえば、「日本政府はもっと多くの観光客を呼び込むべきか」「日本政府は顔認証の技術を規制スべきか否か」といった問に対して、文献を引用しながら英語で答えなければなりません。つまり、慶應大学の経済学部に合格するためには、日本社会に関する見識を持っていないとダメですよ、小手先のクイズ・テクニックは通用しませんよと入試問題が語っているのです。
結論的に私が述べたいのは、小学生のうちに英検準一級に合格することなどよりも、高校生になって慶應の経済学部等の入試英語問題に対応できるように、もっと長期計画で、英語と「英語以外の勉強も」がんばって欲しいということなのです。
いや、どうしても今現在の目標が欲しいのだという人もいるかもしれません。その場合は仕方ない、ここでちょっと参考になる目標を二つそっと教えましょう。一つは慶應湘南藤沢中等部の英語の問題を解けるようにがんばってみることです。英検準一級とは異なって、リーディング(物語文と説明文、700~800ワード)とライティング(20分程度で書ける作文)の話題は小学生向きのモノです。なお帰国生が受験生の主体のようですから、時間制限は非常に厳しいようです。日本育ちのお子さんの場合は、時間制限を設けないで取り組むのが良いでしょう。もう一つは…やはりここで書くのはやめておきましょう(笑)機会がありましたら、またの機会に致します。
最後にもう一言。当塾では中学受験において、英語受験を奨励していません。特別な環境や資質に恵まれた者でない場合は、英語学習はほどほどで良いと考えています。