大学の英語化情報について考える
「これからの時代はグローバル化だから、英語が重要」という言葉を、誰もが一度は耳にしたことがあるでしょう。メディアでも、日本の教育機関が英語力を高めようとしているか、といったニュースが頻繁に報じられます。
つい先日も日本経済新聞に、一面の半分以上の紙面を用いて、「東大院・工学系の英語化」(←クリック)が掲載されました。(なお、著作権の問題もありますから、このブログでは一部のみを掲載しました)。 東京大の大学院工学系研究科の講義英語化 「内なる国際化」に弾み 東京大学の大学院工学系研究科は今年度から講義を原則、英語で行うことにした。英語化により世界のライバルに伍する国際的な教育空間に近づく半面、教員は「教え方を学ぶ」ことも必要になる。他の有力大でも、同様の動きが徐々に広がる。 (2025年9月22日付 日本経済新聞記事より) この記事を読むと、「いよいよ東大も本格的に英語化か」「日本の大学も大きく変わるんだな」と、大きな期待や、あるいは少しの焦りを感じる保護者の方もいらっしゃるかもしれません。 しかし、私たちはこうした情報をどのように受け止めれば良いのでしょうか。日本の大学の英語化、そしてグローバル化は、本当に本格的に始まっているのでしょうか。今回は、この記事を深掘りし、教育情報の「読み方」について考えていきたいと思います。 まず結論から述べますと、この日本経済新聞の記事それ自体を真に受けてはいけません。 なぜなら、この記事は日本の大学教育におけるグローバル化の「実態」を客観的に観察し、分析したレポートとは言えないからです。 むしろ、日本経済新聞の特定の思想的立場、すなわち「グローバル化」と「ネオ・リベラリズム」の視点から、大学の英語化という現象を、やや誇張して報じたものとみなす方が、より正確な理解につながると思われるからです。 もちろん、これは「記事が嘘だ」と言っているのではありません。「事実」を報じてはいますが、その事実の切り取り方や伝え方に、強いバイアスがかかっていると考えます 長文の記事を読むと、何か新しい重大な事実が報じられているように感じますが、実はこの記事の核心である「東大の工学系大学院の講義英語化」という情報は、決して最新のものではありません。 日経が報じたのは2025年の9月ですが、この話題がX(旧Twitter)などのオンラインで大きく注目を集めたのは、2025年の5月のことでした。つまり、世間で話題になってから4ヶ月以上が経過した、いわば「周回遅れ」のニュースなのです。 これだけの分量を割いて報じているにもかかわらず、ニュースとしての価値、速報性はあまり高くない、という点はまず押さえておくべきでしょう。 この記事の最も大きな問題点は、読者の誤解を巧みに誘う構造になっていることです。「東大の講義が原則英語に」と聞けば、ほとんどの人が「東大の授業が全部英語になるのか!」と驚くのではないでしょうか。 しかし、記事を注意深く、丁寧に読み進めると、それは工学部の「学部」の講義ではなく、あくまで「大学院」の講義に限定された話であることが分かります。 これは非常に重要なポイントです。大学、特に理系において、学部と大学院とでは学びのスタイルが大きく異なります。学部生にとって講義は学びの中心ですが、大学院生、特に修士・博士課程の学生にとっては、日々の学びの主戦場は「研究室」での研究や実験、論文執筆に移ります。講義の重要性は学部に比べて相対的に大きく下がるのです。 つまり、大学院の一研究科の講義が英語化されたとしても、それは「大学の世界が激変する」というイメージとはほど遠い、限定的な変化に過ぎないのです。この事実を意図的に混同させるような見出しと構成は、あまりフェアな報道とは言えないでしょう。 この記事は、なぜ講義を英語化するのか、その理由や意図については説明がなされています。しかし、その一方で、英語化に踏み切ればほぼ確実に発生するであろう「様々な問題や懸念材料」については、驚くほどページが割かれていません。 例えば、以下のような根本的な大問題について、この記事はほとんど触れていないのです。 そもそも、東大の学生は高度な専門分野の講義を英語で理解し、質の高いレポートを英語で書けるのか? 東大の教員は、専門内容を分かりやすく、かつ正確に英語で講義できるのか? もし英語力が不十分なのであれば、学生や教員の英語力を飛躍的に向上させるための、具体的で説得力のある特別な教育プログラムは用意されているのか?(念のために付け加えておきますと、1-2回の簡単な講習くらいで英語力が向上するものではありません)。 これらの現実的な課題を無視して、「英語化に踏み切った」という事実だけを切り取って報じるのは、物事の一側面しか見ていないと言わざるを得ません。 「いや、相手はあの東大生なのだから、講義が英語になるくらい対応できて当然だろう」という考えもあるかもしれません。しかし、それは大半の東大生の英語力の実態を適切に把握していない、一種の幻想である可能性が高いです。(もちろん、一部の東大生は帰国子女であり、英語は非常に堪能です。しかし、それはまだまだ少数派に過ぎません)。 この件について、東大の理系出身で、ご自身もバイリンガルである科学ライターの竹内薫氏は、Xにおいて次のように述べています。 「学部授業をぜんぶ英語にするつもりだったら無茶だと思うが、さすがにそんな話じゃないよね。(無茶と言うのは、大学の授業が高いレベルで成立するくらい英語に堪能な教員と学生はいないと思われ)」 これは非常に示唆に富んだ指摘です。受験英語のトップ層である東大生であっても、アカデミックな環境で専門的な議論を不自由なく行えるレベルの英語力を持つ学生は、決して多くないのが実情です。 これは教員側にも同じことが言えます。専門家が冷静に「無茶だ」と評するほどの高いハードルが、そこにはあるのです。 講義の英語化というニュースに触れた人々の間では、ある噂がまことしやかに囁かれています。それは、結局「実質的な英語化」はなされないだろう、というものです。 教員は、生成AI(ChatGPTなど)を使って日本語の講義ノートを英語に翻訳させ、それを読み上げるだけになる。 学生は、教員の拙い英語の講義に出席しなかったり、積極的に聴こうとはせず、配布されるレジュメと、学生間で出回るであろう講義の「日本語翻訳」を読んで試験対策をする。 つまり、形式上は英語化されても、実態はAIを介した日本語のやり取りに終始し、学生の英語力も思考力も全く向上しないというシナリオです。 もちろんこれは現時点では噂に過ぎません。しかし、この記事には、こうした懸念を払拭するような具体的な材料、例えば「AIの使用を前提とした上で、それでも教育効果を上げるための工夫」といった記述は一切ありません。多くの人が抱くであろうもっともな疑念に答えていない時点で、ジャーナリズムとしての役割を果たしているとは言い難いでしょう。 この記事の筆者が、「日本の国際化=英語化は順調に進んでいる」という視点に立っていることは、記事の別の箇所からも伺えます。 記事の中では、日本の英語教育の良い例として「小学校での英語教育の導入」が挙げられています。しかし、教育現場の近くにいる人間で、現在の小学校英語を手放しで称賛する人は、残念ながらほとんどいません。むしろ、付け焼き刃の英語活動は、その後の体系的な英語学習(中学英語)への接続を困難にし、日本の英語教育全体を解体しかねない、と多くの専門家や教師が警鐘を鳴らしています。 この一点からも、この記事が「教育現場での実態」を丹念に取材し、明らかにすることに関心がないことが分かります。あるのは、ただ「グローバル化=英語化は素晴らしいことであり、日本は着実にその道を進んでいる」という、あらかじめ用意されたストーリーラインだけではないか、と推測できるのです。 もちろん、日本経済新聞の全ての教育記事が信用できない、などと言うつもりは毛頭ありません。たとえば、新設のデータサイエンス学部や学科に関する記事(←クリック)などは、大変興味深いものでした。 しかし、こと「日本の英語教育」というテーマに関しては、私たちはその報道を特に注意深く、吟味しながら読む必要がある、ということを今回はお伝えしたかったのです。 英語教育は、保護者の皆様の不安を煽りやすいテーマです。それゆえに、今回のような一見華々しいニュースに心が揺さぶられることもあるでしょう。しかし、そんな時こそ一歩立ち止まり、「この記事が伝えていないことは何だろう?」「この裏にある本当の課題は何だろう?」と考えてみる。その冷静な視点こそが、変化の激しい時代にお子さんの進路をサポートする上で、最も重要な「リテラシー」なのかもしれません。結論:この記事を鵜呑みにしてはいけません
理由1:ニュースとしての「鮮度の低さ」
理由2:読者の「誤解」を誘う書き方ーー大学「院」の英語化である
理由3:無視された「不都合な真実」
理由4:過大評価される「東大生の英語力」
理由5:否定されない「AI頼み」の噂
理由6:現場を無視した「グローバル化=英語化」賛美
最後に:教育情報を「吟味する」という視点
シリウス英語個別指導塾 by 東大式個別ゼミ
住所:神奈川県相模原市
南区東林間4-13-3
電話番号:042-749-2404
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