『東大英語 “Nollywood”』(1)何が難しい?
『東大英語リーディング』ーー “Nollywood”を読む
はじめに『東大英語リーディング』(⇐クリックするとアマゾンに飛びます)とは、東大出版から出版されている東大教養課程の学生の読解テキストです。そのテキストの中でNollywood(=ナイジェリアの映画)について論じたエッセイを取り上げているのが、このブログです。
目次
0)はじめにーー『東大英語リーディング』は通過儀礼だ [⇐クリック]
1)”Nollywood”の難しさ(1)representations of the pastとは?[今回の記事]
主な論点
①抽象語(hegemony, illegitimacy, representationなど)が指示する具体的現実が分かり難い
②従来の「常識」を覆す議論がさりげなく出てくる (例 「イボの伝統社会は直接民主政だ」「植民地以前のイボ社会は共和主義と村落民主主義の伝統があった」)
③客観的な事実の連鎖のような歴史ではない
2)”Nollywood”の難しさ(2)occlusion of republicanismとは? [⇐クリック、次回の記事]
3)どのような武器で読んでいくのか
①固有名詞について整理する(民族・人物一覧、年表、地図作りなど)
②大辞典と物書堂の辞書アプリを活用する
③百科事典、Wikipedia 、YouTube、ネット検索等を活用し、背景となる知識イメージや関連文献を調べる
④生成AIを活用するーー概要、語彙、和訳、キーワードについての質問する
さて前回の記事で、東大教養過程の英語教育で求められるものが大層難しいのだぞ、ということだけはご理解していただけましたでしょうか。
『東大英語リーディング』(2022)は、東大教養過程(大学1、2年生)の文理共通の教科書です。ここではそのうち、Sessionn13−14のNollywood(=ナイジェリア映画論)、とりわけSession14の冒頭を、このブログでは取り上げます。
Nollywoodは、アフリカ文学研究者Jonathan Haynes大部な書物から採られています。Session 13 では イボ人(Igbo)たちの映画制作の歴史的経緯を、イボ語映画から英語映画へと転換した過程を論じていました。そしてSession14からは、より難解な理論的記述となります。
この英文が難しい理由を予め箇条書きに列挙しますと、以下のようになります。
①抽象語がどんな具体的現実を示唆しているのか分かり難い
②従来の「常識」とは反する議論がある
③客観的な事実の羅列からなる歴史記述ではない
Session14の冒頭は、次のような英文で始まります。
As (A)representations of the Igbo past, the most surprising feature of the cultural epics is (B) the complete occlusion of republicanism and village democracy as political forms. In the Movies, there is always an igwe surrounded by a council of elders. Kingship was not unknown among the Igbos, but generally the Igbos did not have kings and did not want them. (A, Bは、私が付けたものです。なお、今回の記事は(A)のみです)。
最初に誰もが気がつくのは、ここで出てくる英文は、文法・構文・語彙のレベルでは超難解などではないということです。主語・動詞がどれだか分からないとか、辞書には全く載っていないような専門用語や俗語が続出といった問題もありません。大学受験生的に言えば、『ぽれぽれ』のように難しくはないのです。一通り訳出することは、純粋な英文解釈の教材として考えれば、むしろ容易です。
それにも関わらず、多くの大学一年生にとって、かなり厄介な英文に違いありません。要するに、訳せるかもしれないが、いったいどういう意味なのか、理解しにくいからです。
(A)”representation of the Igbo past”とは何か?
①抽象語(representations)が示唆している具体的現実が分かりにくい
一番最初の“representations of the Igbo past“から、ちょっと理解しにくいのではないでしょうか。もちろん単に訳出するだけならば、簡単かもしれません。「イボ人の過去の表象として」でも、間違ってはいない。しかし、この言葉が何を意味しているのか、訳しても意味不明でしょう。と言うのは、ちょっと前まで高校生だった新入生にとっては、”representations” =「表象」では、ピンとくるハズが無いからです。
大人ならば、「表象」という言葉にもう少し馴染みがあるかもしれません。例えば私の愛読書だった書物の翻訳タイトルはイーグルトン『表象のアイルランド』でした。これはアイルランドを描いた小説に関する文学論です。また、東大の教養学科(後期の専門課程)には、表象文化論のコースがあるたはずです。
つまり、「表象」というのは、文学、音楽、演劇、映画、漫画などの様々な芸術や文化活動を、ちょっとアカデミックに議論する時に用いる言葉です。(東大で大学生になれと言うのは、そういう高尚な議論に馴れなさいと言うことでもあるでしょう)
もちろん英和辞書などを調べるのも良いやり方です。すると、representationsには、表現、描写だとか、あるいは、絵画、彫像といった意味があることがわかります。さらに例文にも目を通すべきでしょう。有益なものを選び出すと、次の例を挙げられます。
”a realistic representation of war” 「戦争を写実的に描いた作品」『新編英和活用大辞典』
”a vivid representation of Russian life” 「ロシア人の生活の生き生きとした描写」(『ウィズダム英和辞典』)
”a representation of a bird of paradise” 『極楽町の彫像 [絵画 ]』 (『新英和大辞典』)
とすれば、”representations of the Igbo past”は、「イボ人の過去を描くこと」や「イボ人の過去を描いた作品」、あるいは、「イポ人の過去を描いた小説[または彫刻、音楽、映画]」となるはずです。しかし、それでも大半の大学一年生には、まだまだピンと来ないだろうと推測します。なぜならば、「イボ人の過去を描く作品」では、依然として抽象的だからです。
②従来の「常識」では理解しにくい
問題は、「表象」の代わりに「◎◎を描く作品」と置き換えても、まだよく分かりにくいことです。だって、イボ族の過去を描く作品と言われても、どんな作品なのか皆目見当がつかないのが普通じゃないですか。
「イボ族の過去を描く」とは、いったいどう言うことなのか? もしかしたら、19世紀末から20世紀初めくらいに、修道士や人類学者によって撮影された、白黒の古いドキュメンタリー映画みたいなこと???と言った疑問に包まれているかもしれません。 しかし、この英文全体の主題は、ノリウッドというナイジェリア映画なのです。ですから、イボ人の過去を描いている作品というのは、白人の人類学者や伝道師の記録映画であるはずがありません。
ちょっと考えれば、この文章のテーマはナイジェリア映画のノリウッドなのですから、representationsとは、ノリウッドの映画作品ということになります。そして、その映画がイボ人の過去を描いているのですから、ナイジェリアのイボ人たちが作成した時代劇映画のことだと想像すべきなのです。(普通の大学一年生にはハードルが高すぎますね。せめて下のような写真を掲載すべきでした)。
日本人は、例えば、「水戸黄門」やら「暴れん坊将軍」のような時代劇で江戸時代という過去を描きました。同様に、ナイジェリアのイボ人たちは、自分たちの作った映画作品で、過去を描きました。“As representations of the Igbo past“ という言葉が示しているのは、そういった話題なのです。
しかし、古い「常識」に囚われている人は、この話題に全然ついてこれないかもしれません。「アフリカのイボ族の文化って、文化人類学者が調査・研究するものでしょ?」と思い込んでいるので、「時代劇」の意味を理解しようとはしません。「我々」は「観察者」であり、「イボ族」は「観察されるだけの」「土人」であるという枠組みから自由になれないのです。
そういう人たちは、 イボ人が文化生産者になって、世界中の人々が、彼らの作品を消費している側になっている現実を、十分に咀嚼できないのです。
冒頭のrepresentationという言葉が突きつけているのは、文化のグローバル化時代とはどういう減少なのか、現代人の新しい教養を身につけてください、なのです。それも、注釈が少なく、ほとんど生の英語を通して、教室で議論しながら理解せよ、です。東大生に対する試練は、本当に厳しいように思われます。
続きは、近日中にアップします。
(文章の修正、および写真のアップロードをしました。2025/05/19)
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