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塾ブログ 林間教育通信

2017/03/09

シリウス英語個別指導塾 と 集団式予備校、どこが違うか。

 

 

私ども「シリウス英語個別指導塾 by 東大式個別ゼミ」と一般的な集団式予備校のどこが違うか、ということを思いつくままにまとめていきたいと思います。

 

 

 

疑問1  「説明がうまい先生」がよい指導者か?

 

 

当然ですが、集団式の予備校は、一人の先生が多くの生徒たちに向かって講義をします。それは文法の説明であったり、英文の構造や文の意味の説明であったりするでしょう。そして、ベテランで説明がうまい先生ほど、「なるほど、うんうん納得!」と、聞いている側にすっと入ってくるような言葉を投げかけながら生徒たちの理解を促していくのだろうと思います。

 

 

 

しかし、それが本当に生徒たちの真の血(知)となり肉となっているのかということについて、私どもは少々疑問を持っています。

 

 

 

我々の授業でも、当然新しく学ぶ文法事項等についての説明は行います。これ以上ないというくらい、深くて丁寧な説明をしていると自負しております。しかし、丁寧な説明をすれば生徒はそれをしっかりと理解し、更にはその知識を後々までしっかりと維持できているかというと、それは全く別問題です。

 

 

 

我々は、生徒たちが我々の説明をわかったような顔をして聞いていても、実は意外にわかっていない、意外にできない、ということを知っています。なぜなら、常にマンツーマンで質問をし続けているからです。すると、「はいわかります。」と答えた直後に角度を変えて質問をしてみると、答えられない、あるいは間違ってしまう、ということは決して珍しいことではありません。

 

 

我々は、生徒たちが「わからないことをきっちりと自分の頭で理解すること」、「生徒たちが今できないことをきっちりと自力でできるようになること」、それらを日々の自分の任務としています。そのためには、ただ説明するだけでは駄目なのです。

 

 

※生徒自身にいろいろな角度から質問を投げかけ、生徒自身の力で答えを導き出させなければ、本当に生徒の血(知)となり、肉となることはないのです。また、マンツーマンですから、他の人が当てられている時は自分は休憩、というわけにはいきません。常に全ての質問に対して自分が考え、自分が答えを出していかなければならないのです。つまりお互いに非常に集中力を要し、お互いに非常に疲れる授業なのです。一瞬たりともボーっとする暇はないのです(笑)

 

 

このやり方こそが、生徒たちの思考を真に鍛える方法であると私たちは信じて疑いません。

 

※(どんどんと質問を浴びせながら生徒たちを正答=正しい解釈へとたどり着かせることは、単に丁寧で詳しい説明をして教え込むことよりはるかにエネルギーや力量を要するものなのです!)

 

 

 

 

疑問2 だま~って講義を聞いたりだま~って勉強していて、本当の英語力が身につくのか?

 

 

つかないと断言します。英語は言葉です。声に出して英文を読む、これが英語(言語)学習の核となるものです。

 

(今のお父様お母様の世代はまさに、集団式予備校で英語を学んで大学受験を突破した世代でしょうから、ご自分のことを思い起こせば、自ずと答えは同じになるはずです。)

 

 

 

集団式予備校から我々のところにやってこられる生徒さん(だけでなく初めて我々のところにやってこられる生徒さん)の殆ど全員に共通している問題点は、読むのが下手ということです。まず発音がなっていないことが多いです。waterとかlittleなどを「ワラ~」とか「リル~」とは(不思議と)言えるんだけれど(笑)、RとLの発音の区別は全くできていないことが多く、むしろ滑稽です。RとLの発音の区別もせずに英語を読んだり話して、それは本当に「英語」なんでしょうか?(むしろ、他の音は出せなくてもこれだけはしっかりと出せるようにすべきものなんですが…)

 

 

また、複数名詞につけるsを読み飛ばしたり、現在形の文なのに過去形に訳したりと、言葉や文章の末尾に行くにつれて意識が薄れることが多いです。そんなところどうでもいいと思っているのでしょう。しかし、英語において、名詞の数を常に意識するというのは英語文化の大きな特徴ですし、現在形を過去形に訳してしまう人は、あらゆる場面で適当に訳すことが多いと容易に想像がつきます。細部にまで意識を働かせられないようでは、いつまでたっても英語ができる、という境地には達せないでしょう。

 

 

 

しかしこういったことは、マンツーマンで生徒一人一人の「声」を聴いてくれる人がいなければ決して表面化しないことです。

 

 

 

一番大きな問題としては、英語長文の読解でしょう。

 

 

集団式では、家で予習として英語長文の和訳をノートに書く、というような作業が必要になるようです。(やっているかどうかは別として。)授業では講師の方がひたすら説明をし、生徒たちは、自分の訳や解釈と照らし合わせて、訳文を修正したり、ノートをとったり、というところでしょうか。

 

自宅で長文の和訳をノートに書いている時はほぼ黙ってやっているでしょうし、講義中もひたすら説明を聞くだけですから、ほぼ黙っているということになりますでしょうか。

 

 

我々の授業では、その日やる英語長文の全てについて、生徒たちに読ませますし、必要な部分は全て生徒たちに口頭で訳させます。(ノートに訳させるなんて時間の無駄!)その際に、ポイントとなる単語の意味や文法の質問、、文の構造についての質問、解釈についての質問と、様々な質問を投げかけながら、生徒の理解を深めていきます。また、日本語の言葉遣いや表現についても、おかしなところは訂正していきます。(別の機会に書こうと思いますが、予備校に通って偏差値はそれなりにとれていても、まともな日本語訳が出来ない人、多いですよ!)

 

 

 

つまり、場合によっては講師よりも生徒の方が声を出している割合が多い、そういった授業を展開しています。全て、「生徒自らが自らの力で本当にできるようになる」ための、基本的な方法論だと確信しています。また、英語のみならず日本語能力をも鍛え上げていくことができます。(特に国立大学では英語においても、日本語能力が問われます。)

 

 

 

疑問3 やる気のある仲間同士で競争しながら、切磋琢磨しあうのが勉強って本当?

 

 

ある面では当たっている部分もあると思います。例えば、数学などは個別の1:1でやることにそれほど意味があるようには思えません。大勢の中で揉まれながら、デキル人に刺激されて自分もやる気が出る、といったこともあると思います。

 

(しかし、それは、自らの内面から湧き上がる知的好奇心だとか探究心=つまりは内発的動機づけから勉強をしているわけではないということでもあります。人との競争心を勉強へのエネルギー源としているだけですから、一流人とは言い難いと考えます。)

 

 

 

英語の場合はどうでしょうか?英語の場合は、言葉の学習ですから、何か人と競争して勝つとか負けるといった意識は無意味ではないでしょうか。

 

 

何度も書きますが、勉強とは結局のところ、自分の頭で考えて自分で答えを出すことが大事なことであり、特に英語を学習する場面においては、可能な限り声に出して英文を読みながら学習を進めるのが、本物の英語力を身につけるために絶対必要条件です。そういったことを可能にするのが、力のあるプロ講師による1:1の個別学習であると断言できると思います。

 

 

 

ただ、どうしても人との競争がないとやる気が出ないという人(競争があれば本当にやる気が出るのかどうかは別として…)、大学入試さえ突破できればそれでいい、本物の英語力だとか使える英語力なんて興味ない、英語で何か読み物を読んでみたいなんて思わない、等にあてはまる人は、集団式予備校が合っているでしょう。

 

 

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